サッカー強豪校で培った探究心とアメリカ大学での挫折をバネに

現在IT業界でエンジニアとして活躍されている岡田さん。プロサッカーチームの下部組織を経てアメリカの大学へサッカーで進学したが、怪我を負ってしまい現役続行が不可能になってしまう。だが幼い頃から一つのことに深く専念してきたからこそ磨かれた向上心や探究心で現状を打破していく。

岡田兼孟さん

小学生の頃からプレーしていたサッカーで養った探究心とアメリカの大学での生活や授業を通じて伸ばした英語力

▲アメリカ時代
▲アメリカ時代②

 私は小学生の頃から地元のJリーグチームのアカデミー(下部組織)でサッカーをしていました。他の子よりも体が大きかったこともあり、走ったり競り合ったりするのには自信があったのですが、アカデミーには上手な子がたくさん集まってくるので、技術面を比較すると劣っていると感じることもあり、日々挫折感を感じながらプレーしていたのを今でも覚えています。ただ昔から物おじしない性格であったため、当時からコーチには積極的に自分に足りない部分を聞きにいく姿勢は持っており、そのおかげか高校は元日本代表全の選手も通っていた全国大会にも出ている名門校に進学できました。もちろん強豪校なのでサッカーの追求は続きますし、一段と成長できたと思っていました。その甲斐もあり、アメリカの大学へサッカーのスポーツ推薦で入学することができました。進学がきまってからは渡米前の準備期間としてフィリピンで短期間の語学学校に通っていったのですが、サッカーに明け暮れていた人生だったので、急に英語の環境に飛び込むと困りそうだと思い、あえて英語に強制的に触れている時間が長いカリキュラムの学校を選びました。そのおかげか少し自信を持って大学に通い始めることができたと思います。またこの留学中ですが、ある日を境に日本語と英語を頭の中で訳すのではなく、英語単体として扱えるようになった感覚があり、そこから語学力が飛躍的に進化したことを覚えています。

通っていた大学はコロラド州の田舎の方だったので、日本人が少ない中で寮生活を送っていました。日本語で会話ができない環境の中で、日常会話やサッカーについては早く適応できましたが、大学の授業については思っていたよりも理解するのに苦労しました。特に日本語で聞いても理解に時間がかかるような専門用語などは、何を言っているかさっぱりわかりませんでした。ただ、比較的小規模の大学だったということもあり、教授に聞きにいくこともできたため、授業に追いついていけるようになりました。大規模な大学だと教授が忙しかったり、常に学生が質問に来ていたりとなかなかつかまらないということがあるようなので、この大学に通えて良かったと思っています。ここまでの困難は想像の範囲内で乗り越えることができたのですが、人生で最大の危機が訪れました。途中で怪我をしてしまったのです。その時はサッカー選手の道を途中で諦めなければならず、小学生からずっと続けてきたことだったので、非常に精神的にきつい時期を過ごしました。ただそんな中でも、コーチから「アシスタントコーチをやってみないか」と誘っていただいたのは非常に有り難かったです。最初は選手としての自分の経験があるのでもどかしさがありましたが、選手とコミュニケーションを取っていくことで、自分以外の選手の気持ちを真剣に理解する姿勢が持てましたし、プレイ中よりも具体的なことを話さなければならないため、英語の能力もさらに伸ばすことができました。そして何よりも選手へのコーチングというのは選手とは違う楽しみがあるな思えました。まさに「災い転じて福となす」ということを、身を持って体験することができました。

卒業後に待っていたのは期待を遥かに下回るつらい経験だった

▲アメリカ時代サッカー
▲アメリカ時代サッカー②

アメリカでは充実した生活を遅れていましたし、このままアメリカで就職しようと思っていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。かといって日本に帰って就職をするイメージも湧かなかったので、思い切ってオーストラリアにワーキングホリデーに行くことにしました。当時はオーストラリアへのワーキングホリデーは流行っていましたし、物価の違いから稼げるイメージもあったのですが、いざ行ってみたら想像を上回るつらさでした。英語力をより強化できると思って行ったのですが、そもそもワーキングホリデーで選べる職種は、あまり英語でコミュニケーションを取らなくてよいものばかりだったのです。さらに肉体労働しか選べなかったので、私はバナナ農園で働いていたのですが、日中は非常に暑く、歩く時間も長かったため、その疲労の方が記憶に残っています。ただ元を辿れば、結局業務経験が無いままに行ってしまいましたし、現地の方は母国語として英語を使うのでホワイトカラーの労働力として勝てるわけがなく、このワーキングホリデーを通じて英語を生かすためには単純に「英語を使って働く」という発想ではなく、もっとどんな仕事をしたいのか、どの業界でどの職種で働きたいのかを追求し、その結果として英語を生かしていかなければならないと思い知らされました。

その答えを出すために選んだ業界はITだった

▲オーストラリア時代

 オーストラリアのワーキングホリデーから帰国後に東京都内のIT企業に就職しました。今回は英語を中心に考えるのではなく、かねてから興味があったITの企業で就職先を探そうと思いました。日本での就労経験がなかったため会社を探すのは大変でしたが、幸いにも未経験でも一から力をつけていける企業に出会うことができました。最初はオフィスワークも未経験だったため、これまで肉体労働しか経験をしてこなかった私にとっては色々と苦労をしましたが、そのプロジェクトには非常に経験豊富な上司がいらっしゃったので、色々と積極的に関わっていく中で自身のレベルを大きく上げられたと思っています。会社に入ると職人気質であまり教えてくれない方がいたり、面倒くさがったりすぐ怒ったりする人がいますが、その方は私が積極的に教えを乞うことに関して前向きで、その人柄にも助けられたと感じています。

周囲に真摯に関わっていくことで開ける未来がある

▲現在

 サッカーを始めた小学生からアメリカの大学留学に至るまでに、私自身は一段と成長できたと思っています。様々な失敗をしてきましたが、そこから小さな成功体験をたくさん積むことができました。そう思えるのは自分で解決しなくてはならないことから目を逸らさずに、アドバイスを求めて生きてきたことにあると思っています。英語についても最初は失敗が怖いと思うこともありましたが、ある日ふと反対の立場だったら、嫌な思いをするどころか助けてあげたいと思うだろうと感じたことがあり、日本人が英語で頑張って話そうとしているのを嫌だと思う人はそういないはずだと考えはじめてからは、ためらうことが減ったと思います。そもそも母国語ではないのですから間違えて当たり前ですし、そこで初めて「次にこのように話してみよう」とか、分からないことを調べてみるなど、さまざまな解決策に向かうはずです。異文化では本当に自分の性格が試されると思っていて、例えば日本では困っていれば相手から助けてくれる、会話の輪に入れなければ誰かが気にかけてくれるということがあると思いますが、海外では基本的に自分から行動していかなければ気づかれません。留学はまさにそのマインドを日々の生活から変えてくれるものになりますし、失敗をするのは若い時の方がしやすいと思うので、留学のチャンスがあれば是非ためらうことなく、トライしていただければと思います。